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解説 |
今までのヒーローポイントというものの類は、キャラクターのスペックに上乗せして行くやり方でした。
なぜなら、スペック(効果・性能・機能)が物語だったり盛り上がりに、不都合を生じたときに、いわば、貼るパッチでした。
発想をこちらでは逆にしてみます。
ヒーローポイントを軸にスペックを再現して行くやり方です。
レッテル・システム
コンダクト・システム
キャラクターの「ふるまいかた」「ありかた」
さらば、馬場理論よ。
上のように、今までのところ、システムの考案を挙げたなかで、以下の
誤差論と演技論に基づく簡易成否判定
に、まず、取り込むことを考えます。
五線譜判定ではキャラクターのディテール(具体的な細部)を増やしたり、振れるサイコロの個数を増やすのに、ポイントを賭け、それがキャラクターの「ふるまい」「ありかた」とマッチし、また、(レッテルを貼った)PLや(コンダクトしている)GMに認められれば、つまり、評価が良ければ、賭けたポイントは増えて、バックされる。
単に自己満足の自己陶酔、時間の無駄だったりするものは評価されず、賭けたポイントは減ります。
考え方としては、通常、キャラクターのスペックを表すために、修正していましたが、逆にPLがスペックを描き出せていれば、良いのです。
対症療法的だったヒーローポイントをまず軸にすえることで、体質を変えていこうという試みです。
困ったちゃんには、制裁的な無評価を与え、どうすれば皆の楽しみとなるかを考えていくことになります。今まで、リングに上げても、ボクシングをしないPLを、ボクシングするように仕向けていく考え、意図があります。
紳士協定(配慮、気遣い)の関係に入りこまれて、TRPGに参加させないという消極的な姿勢をとらざるを得なかった方式ではなく、困ったちゃんに教育的無評価を与え、育てて篩いの目を通っていくように、自浄作用をTRPGデザインに体質的に備えさせるのです。
TRPGであるからこそ、われわれが、PLとしてPCを用いて遊ぶとしても、PCはどこまでいっても<他者>であって、さらにはPCはハイデガーのいうような道具的存在に過ぎない。PLとPL同士も、またPLとGMもまた<他者>である。ただし、この<他者>はTRPG上で、「配慮(気づかい)」しあう存在の共同体に他ならない。
われわれがどんなに感情移入し、自己同一視しようとも、<他者>の(例えば)虫歯の痛みを同様に体験して、痛みを計測しているのではない。
われわれが、感情移入し、自己同一視しようとする一面とは、<他者>の(例えば)虫歯の痛みを同様に体験して、痛みを計測しているのではなく、<他者>への「配慮(気づかい)」のうちでのわれわれのあり方の問題でしかない。
例えば、演劇で感情移入するときに、ハムレットの苦悩を測っているのではなく、配慮(気づかい)を伴う解釈を俳優の表現によって、われわれが行っている。
さらに、その解釈の前には「相(アスペクト)」というわれわれの知覚しうる、いわば意識の枠組を通して、気づかされている。
芸術作品の「美」はそれを解釈する側にある「相(アスペクト)」がなければ、作品とコミュニケーションをとることができない。
解釈する側にある「相(アスペクト)」とは、虫歯の痛みも一度も体験したことがなければ、指標としてはないし、美もまたおなじように、一度も体験したことがなければ、指標はない。
もちろん、TRPGの面白さは、それを知覚するための指標、「相(アスペクト)」によって、枠組付けられた中に解釈される。
もしわれわれのTRPGでのコミュニケーションのやりとりのなかに、別次元の様式や、高次元の様式、基底部の次元があるとしても、それは堂々巡りの差別化を企てた、単なる対応照応関係があるだけに他ならず、「異なるコミュニケーションの様式(TRPGでのコミュニケーション)」であることを示せば、認めるだけのことに過ぎない。
様々な学問領域から、安易に用語を持ち込んできたりしても、僕は次のように警鐘を鳴らす。
僕が、無神経に誠実に指摘しておきたいことは、TRPGを語る上での、別のことを語ることの問題には、TRPGの向上や普遍化などといったためには何にも役に立たない、雑談に過ぎないことを、方法論的に得られる結果を想定している(例えば数学理論、メタ言語学など)のにもかかわらず、あえて適用して、客観的事実や観点として信じさせる方法的欺瞞で強弁することで、TRPGに、そしてそれを楽しむ人に、あだなすこと、混乱させること、誤解させること、惑わすことなどこそが、本来的に注意すべき重大なことであるという認識があるかということです。
解説 谷 徹 |
第二節 現象学の意図と方法 |
第一部 現象学と解釈学――その接近と提携 |
現象学と解釈学 新田義弘(ちくま学芸文庫) |
まえがき |
第一部 現象学と解釈学――その接近と提携 第一章 現代ドイツ哲学の動向――学的認識から経験へ 2.TRPGの解釈論性:解釈こそは技術である 3.TRPGの解釈論性:現象学は学の域を規定する 第二章 現象学の歴史的諸展開――本質現象学から「人間と世界」の現象学へ |
第二部 反省理論と解釈理論 第四章 現代哲学の反省理論 6.TRPGの解釈論性:解釈学的循環、有機体の論理 7.TRPGの解釈論性:解釈学的循環、有機体の論理(2) |
第三部 現象学の近代批判 第七章 ハイデガーによる技術批判 |
第四部 媒体性の現象学への道 第十章 近さと隔たり――隠れたる媒体についての所感 |
初出一覧 4.TRPGの解釈論性:解説から。 5.TRPGの解釈論性:解説から。(2) 索引 |
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