2008/6/23開設。TRPGは、応援ありがとうございました。お蔭様で忙しいです。TRPG目線から西部劇を楽しむTIPSと、このごろのはまりもの紹介です。乱筆乱文失礼。アジってしまっている記事は修正中です。ちなみにデザイン上の単なるメモがメインでブログを兼ねています。非常識な無断リンクはお断りします。

 西部劇で西部史との照らし合わせで、難渋するのが、

・実在人物伝
・銃器や電気製品の技術史
・インディアン
・馬の品種

 だと思います。

 例えば、西部の銃豪、ワイアット・アープでさえも、一冊の研究書があります。
 津神久三先生の本です。




 銃器に関しては、オールド・ウエスタンでは、SAAを用いていましたが、マカロニウエスタンの影響もあって、単なるプロップではない考証が、「ロンサム・ダブ」あたりのTVドラマから始まりました。何年に発売されたから、何年の新製品という位置づけです。



 マカロニウエスタンは考証とは逆に珍奇な「ガンブレラ」や「ミシンガン」という開き直り? でプロップガンの意外さを追求したものもあります。

 


 銃器として、トイガンの世界でのSAAの呼称(シビリアンとか)が定着していることも気を付けたいです。正式な名称はSAAでしょう。それでも、トイガンの世界ではSAA以外の名前でブツを何十年も愛し続けた人がいます。

 技術史では、考証は珍しくて、「天国の門」が、筆頭に挙げられます。大変な制作費をかけたにもかかわらず、興行成績は致命的なほど悪かったとされます。当時の文明度は、この作品に見られます。




 インディアンに関しては、服飾や文化、迫害の歴史と復権運動といった、複雑な問題があります。とても一冊の書物では語り切れないでしょう。

 最後に、馬の品種ですが、西部劇に出てくるのはほとんどがクオーターホースのようですが、品種として成立したのは第二次大戦後です。つまり、西部劇には出てきますが、西部史上には存在していないはずなのです。

 これを知らないと、「ジャック・ブル」が単なる衝動を抑えられない主人公と映ると思います。
 

 こういうことを指摘するのは「西部劇」については粋ではないし、野暮なのですが、「考証」の点からは厳しく否定する方もいます。
 そのため、これらは、趣味についての喧嘩や対立の原因になってしまいます。そのため、鬼門といっていいと思います。
 なんの作品のどんな考証を支持するかということは、私たちはアメリカ人ではないので、ジャパニーズの考証としたほうがよさそうです。

 物理的にガンブレラは成立しませんが、ステッキガンからの着想とすればアリだと思います。
 だたし、単純に威力や正確さの超人性が描かれるのは、どうも僕には楽しめなくなります。

 西部の実在の英雄がいるとして、それを貶めるほどの超人的能力となると、ついていけません。せめて、実在した英雄たちにはリスペクトして欲しいと思います。
 90式戦車を2台貫通すると吹聴されるようなものと、同じ心持ちです。

拍手[1回]

PR


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

WESTERN Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク



離散数学のすすめ

伊藤大雄, 宇野裕之編著

現代離散数学を楽しく解説。パズルから最先端理論まで、第一線の学者達が離散数学の魅力を伝える。

「BOOKデータベース」より

[目次]

  • 基礎理論編(数列と数え上げ
  • 順序木の列挙 ほか)
  • ゲーム・パズル編(ケーキ分割問題
  • 頭とパソコンを使ってパズルを解こう-『数の六角パズル』を題材にして ほか)
  • 発展理論編(グラフマイナー
  • 連結度と関連問題 ほか)
  • 応用編(安定結婚問題
  • オンライン問題 ほか)

「BOOKデータベース」より


http://western.blog.shinobi.jp/Entry/246/で紹介したピックの定理がオイラーの公式と同じ事を証明しているということが、ちらりと書かれています。

拍手[1回]


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

つれづれ Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク

本文を読むにはこちらからパスワードを入力してください。

拍手[0回]


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

FLASH独習 Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク

伏見先生のツイートから。

@pumiminpumimin
TRPGにおいて、戦闘は正しくシェアできる自己表現の手段なのだな、と思う。やはりコドモーズは僕にとっては単純な確率論的なダイスの振り合いでしかない戦闘をすごく面白がれる。僕はもう面白くはない、外してしまいたい、ぐらいに思っているんだけど、他の者にとってはそうではない。
 
11月20日 webから

@pumiminpumimin
戦闘ルールが面白くない、ということはないですよ。むしろ戦闘オプションはたっぷりなんだけど、まあ当然ながらそれを使いこなしていないし、固定値相手に工夫なく殴りあったりだから客観的に見ても面白くない……。けど主観的には楽しいんだろうなあ、というところ。
 
11月21日 webから

@pumiminpumimin
具体的な解決策は、ロールプレイや演出を交えて、という感じですね。それでなんでも楽しく盛り上がる。まあTCGやSLGだって、ゲームそのものの面白さじゃなく、演出に頼る楽しさってある。将棋囲碁だって、演出なしに展開だけ見せるんじゃマンガにもならない。
 
11月21日 webから


@pumiminpumimin
それでもなお、「これはゲームの面白さかな?」とか考えたり悩んだりするわけですな。どこまでがゲームメカニクスの面白さかな、とか、どこからは思いやりや盛り上げに依存しての面白さなのかな、相手が好きな人だからという楽しさかな、とか。
 
11月21日 webから

 ロール・プレイは、他の人々の立場やパーソナリティという点から「憶測し直すこと(Second-guessing)」が特徴で、他のゲーミング・シミュレーションとの大きな違いだとされます。
 TRPGはこの要素を引き継いでいます。

 一方、「感情移入」という心理学用語は、「同一視」のカテゴリーに入れる精神分析学の学者もいます。


 いわゆる、TRPGの「なりきり」プレイは、プレイヤーが、(どこまでがゲームメカニクスの面白さかな、とか、どこからは思いやりや盛り上げに依存しての面白さなのかな、相手が好きな人だからという楽しさかな、という疑問や穿ちを持ってしまう程のものは)ゲーム上のリアリティーを生み出そうとする試みだと思います。


 「なりきり」プレイが失敗するとゲーム上のリアリティーを得られないことになります。この失敗は、行き過ぎた「感情移入(同一視)」そのもので、Second-guessingを意識しない、ないし、そこから逸脱してしまう点にあります。

 衆目を集めた中でのロール・プレイが「金魚鉢」状態(ゲーミング・シミュレーション用語)になることがあります。なりきりが「感情移入(同一視)」として色濃く現れると、日常世界にも、TRPGというゲーミングの領域にも、当てはまらない情念の世界を生み出して、異質な「金魚鉢」を形成してしまいます。

 ですから、リアリティーを求めていくには、舞台演劇論とは違う、Second-guessingを前提にした演技が必要だと思います。

 また、TRPGのゲーム上のリアリティーをどこまで求めるかという合意プロセスが、ルール化されて来なかったことは、結局「なりきり」プレイを善悪二元論で捉えていく感性的な次元のアポリアに陥らせました。

 これは、ゲーミング・シミュレーションの見地から、プレイヤーがTRPGのリアリティーを求めようとする試みであったと解釈すべきでしょう。
 プレイの一手段としては、あくまで提案として面白さを求める姿勢であって、「遊びに対する真面目さ(遊びにとっての善)」が動機だと受け取れば、失敗しなければ何ら問題なく、かえってTRPGには歓迎すべきもの、挑戦するにも価値があるものだと思います。

 もしかすると、TRPGにおける役割体験、ロールプレイ、なりきりプレイのうちにある一種の遊び感覚は、ゲームの構造において、リアリティーを介入させるか、どのくらい求めるか、という合意プロセスを暗黙に探っていくのが楽しいのかもしれません。
 僕の考え方では、これを顕在化したのが、レッテル・システムで、軽いT&Tへの搭載で成功しています。

 現在のデザインはこんな感じです。

ダウンロード(pdf)

参考.
 

感情移入の理論

 期待は、現在ここにないことについて決定を必要とする。ゲームには、将棋のように、感情移入の能力を必要とするものがある。自分の差し手の結果に期待を持ち、その期待によってゲームを進める。

 感情移入の概念が意味があるというのは、将来を予測し、自分自身の行動、続いて起こる他人の行動、それに続く自分自身の行動の関係を予測できるからです。行動する前に、その行動に影響を及ぼす他人について、いろいろな期待を持つもの、これが感情移入の意味です。

 二つの理論があって、共に、
 期待の基礎資料は、人間がとる物理的行動、すなわちメッセージであるとしている。

 また、内的な心理状態を予測するには、観察できる物理的行動をもとにするということ、さらに、人間は物理的な行動を表示するためにシンボルを使い、かつシンボルを操作して予測するということは一致している。

 ちがいは、
 3つの仮定において、肯定するか、否定するかだと、バーロは説明する。

1 人間は自分自身の内的状態の証拠を直接把握するが、他人の内的状態は間接にしか把握できない。

2 ある内的状態を表現する際に、他人も自分と同じ行動をする。

3 自分自身で経験したことのないような他人の内的状態を理解することはできない。すなわち、自分で経験したことのない情動や思考などを理解することはできない。


 以上が、感情移入の推測理論の中心問題です。TRPGの感情移入(同一視)が異質な「金魚鉢」になってしまうのは、3 自分自身で経験したことのないような他人の内的状態を理解することはできない。すなわち、自分で経験したことのない情動や思考などを理解することはできない。に当てはまると思います。

 ミードによる、社会科学に基づく「役割取得理論」では、

1 自己についての概念は、コミュニケーションに先行するものではなく、コミュニケーションをとおして形成されるものである。

2 役割取得の最初の段階では、幼児は何の解釈もできないまま、他人の役割を実際に演ずる。

3 役割取得の第二段階では、幼児は理解しながら他人の役割を演じることである。

4 役割取得の第三段階では、子どもが実際にではなく、シンボルによって他人の役割を演じはじめる。

5 やがて、一般化された他者の概念をもつ。一般化された他者とは、取得された抽象的役割であり、ある個人が集団の他のすべての人の個々の役割に共通する一般的なものについて学習したことがらの総合である。
 これを持つことによって、自己概念というある状況において自分のとるべき行動についてもっている期待の集合を成立させる。自己概念とはコミュニケーション、他人の役割の取得、コミュニケーションの対象としての自分自身に対する行動、一般化された他者の形成などをとおしてつくられるのである。


 バーロは、推測理論と役割取得理論の両方を組み合わせていると論じる。この過程はたえず繰り返され、適応や順応を可能にするとします。
 TRPGの感情移入(同一視)が異質な「金魚鉢」になってしまうのは、ロールプレイ上の自己概念の放棄と未完成の一般化された他者の形成が原因でしょう。


「コミュニケーション・プロセス 社会行動の基礎理論」D.K.バーロ著 布留武郎・阿久津喜弘


 

 


 

 この記事について、かなり意欲的でとんがったゲームデザインをしている金色さんから、@ツィートをいただきました。




@kiniro_systemkiniro
既存TRPGでは論理的に引いた視点で基盤となる世界観をうまくルールで構築しきれてないと思います(雰囲気として提示してあるだけ)。だからかけ離れた共通認識でなりきりの議論が発生している。納得ですね。
 

 確かに、背景世界の世界観を単なるフレーバーにしかならない、成り得ないという考え方も出来ます。構造主義神話学的分析にかけるのもいいと思います。

 繰り返しますが、ロール・プレイの「TRPGにおける役割体験、ロールプレイ、なりきりプレイのうちにある一種の遊び感覚は、ゲームの構造において、リアリティーを介入させるか、どのくらい求めるか、という合意プロセスを暗黙に探っていくのが楽しいのかもしれません。」という結論に僕はとどまります。ゲームメカニクスに何でも頼るのではなく、コミュニケーション・プロセスを大切にしたいのです。

 本来的にこれをなくしてしまうことを、楽しめるかどうかの天秤にかけると、残しておいたほうがいいという考え方です。

拍手[3回]


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

TRPG Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク

 ついヒートアップして、筆が走ってしまった。
 とっておこう。燃料は、あげません。

拍手[0回]


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

つれづれ Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク

 まず、TRPGを含めてゲーム一般は、哲学の領域に属しています。
 学問的常識として、「遊び」論としては、ホイジンガ、カイヨワの先行研究があります。
 ゲーム理論や確率論という数学もまた、哲学の領域です。

 ゲーミングシミュレーションの領域では、TRPGはきちんと扱われていまして、以下の本では、社会科学の先端(フロンティア)として学問的に言及されています。
 

 これは、好きとか、好きではないとか、言った者勝ちとか、文章が読みにくいとか、そんなことは問題にしません。このブログが論考でこれが論考かどうか、ラノベより読みづらいとか、そういう問題ではありません。

 僕にとってはメモです。他の人も知っておいたらいいのではないかと思って公開しています。これは、僕の善意で公開しているので、読みたくないとか、理解出来ないというなら、ブラウザを閉じてください。そういう人を助ける義理も、サービス、奉仕する義務も、僕は負っていません。

 学問的に考察の対象になっているのは、れっきとした事実です。
 匿名ネットで吹聴する、匿名で攻撃する、しろうとの理屈の趣味嗜好ばかりではありません。

 しろうとが、経歴をうそぶいたり、取引相手をうそぶいたりする、あやふやなものばかりではありません。

 これは、僕にかぎらず、この学究分野全体にも向けられる偏見で、非常に残念に思います。

 ここで紹介する本に書かれていることですが、

 自然科学としては。

 ・統制された実験ができない
 ・客観的なデータが集められない
 ・実験の再現がむずかしい

 教育現場としては。

 ・何を学んでいるのかわからない
 ・授業の統制ができない
 ・成績の評価ができない
 ・まるで遊んでいるようだ

 意思決定場面では。

 ・啓蒙的意思決定観

 これらの問題が、書かれています。
 TRPGも論じるには、同じ障害があります。このうち、自然科学的研究観は、ゲーミングを無限定にモデルとみなす問題の大きな背景で、

 ・ゆるぎないひとつの現実があるという自然科学的信念
 ・この信念にもとづきモデルによって現実を近似的に表現しようという方法論
 ・単純なモデルより複雑なモデルのほうが優れているという信念

 という錯誤を招いているとします。
 TRPGの問題と同じ事です。それを、学者先生も模索しているのです。
 ですから、オンライン上の付き合いしかないから、と、魔女狩り裁判の審問にかけるような懐疑主義の非礼無礼には閉口します。
 学問的にも難しい話なのに、好きだの嫌いだの、わかりにくいだの、余計なお世話です。
 

 


 このなかで、TRPGはすでに1998年に語られています。ゲーミング・シミュレーションは、学問的な研究分野として成立しています。
 それから、この社会科学の学問世界では、馬場先生といえば、どうでもいいニフティの権力争いをした馬場秀和さんではなく、馬場則夫先生なのでしょう。

 さて、この本の中で、新井潔先生(GameDesign 西部劇TRPG開発日誌 [おすすめ]ゲームの作り方がわからない人へ。の翻訳者)が述べている
 「ゲーミングシミュレーションとは何か」において、


 「プラグマティズムの伝統」
 「科学の伝統(オペレーションズ・リサーチの伝統)」
 「エンターテインメントの伝統(学習)」

 の流れが、あります。(エルグッド1993)


 コミュニケーション論では、ハーバーマス(1981)が扱っており、ハーバーマスについては、GameDesign 西部劇TRPG開発日誌 [コミュニケーション]社会学のアプローチ1で、僕も、注目していました。

 まず、この概論を読んで、僕がTRPGにおいて、主題として論じていることが明確化された気がしました。
 新井先生は以下の図でゲーミング・シミュレーションをあらわしています。
 ゲーミング・シミュレーションは、生活世界(現象学的意味とまではしない)で、行われていることだという見解には、僕も強く賛成します。

 




ゲーミングシミュレーション表現・解釈(新井潔)

 この図の白抜き矢印(この図では赤塗り太矢印)は、ゲーミングの設計から実施に至る流れを表しており、実線の矢印はモデルによる世界の解釈を意味している。一方、点線の矢印は、プレイヤーが内部モデルによって世界解釈をしていること、そして、ゲーミングの実施によりその内部モデルが組み替えられていること、さらにシステムモデルも討論による批判的検討にさらされることを表している。このようにゲーミング・シミュレーションの実線はひとつのサイクルを形作っている。(「5.ゲーミングシミュレーションの基礎理論に向けて」新井潔)

 僕は、TRPGのマスターとプレイヤーの関係において、下図の赤色で示した実線と点線方向への生起を問題にしています。
 「?」をつけた部分で、ハーバーマスが問題にしているところです。
 プレイヤー(アクター)に、ゲームマスターというシナリオをつくるプレーヤー(アクター)がいる場合、問題になります。

 TRPGが、シングルフォーカスな単一のマンネリに固定(シナリオの固定)されてしまった場合には、貧相な形になってしまい発生しにくくなってしまう部分があります。
 ここが僕が重視する「主体」と「場」の仮想的ではない、現実的なメッセージ性やテーマ性です。



ゲーミングシミュレーション表現・解釈(TRPG)

 

 役割演技、ロールプレイについても、大きな示唆を与える、「主体」の仮想性と現実性、「場」の仮想性と現実性について、井門正美先生が述べています。
 井門先生は、役割演技を役割体験としました。役割分担ではありません。おそらく、この役割体験は、TRPGの特殊な役割演技性から、新たに明確化するためにこしらえたキーワードだと思います。

 僕は、完全に主体も場も仮想になることはないという、アプローチです。ゲームを行うことに、完全に万人に安全な環境はないと思います。そこで、TRPGには、相互理解や相互信頼が必要だという論法です。

 さんざん、僕が作ったゲーム(カードゲームやTRPGやマルチ)を荒らす、僕を軽蔑する人に出会いました。遊びに不真面目な人です。
 このイロニーができるのは、仮想性は完全には成立しない証拠です。
 仮想性が完全には成立しないことを前提にしなければなりません。そもそもからして、そこにプレイヤー(アクター)の現実性があります。
 どんなゲーミング・シミュレーションにおいても、この応答部分は非常に重要です。とくに、テストプレイのデバッグで痛感します。

 さらに踏み込んで、井門先生の論から、新井先生は、ルールの「厳密さとゆるやかさ」「仮想的か現実的か」という軸でゲーミングを分類しています。

 重要なことは、どんなゲーミングもプレイヤー(アクター)がリアリティーを決定する、という点ですね。

 これを認めるならば、プレイヤー(アクター)の中に、ゲームマスター(アクターであり設計者)というシナリオに基づく司会者としての役割、ルールを改変してもいいという伝統的ポジションがTRPGには、T&Tの時代からあります。
 ゆえに、「?」の部分にゲームマスターが関わることは明白ですから、止まってしまったというハーバーマスのアプローチ、コミュニケーション論からの分析が必要でしょう。



 そして、失敗を恐れないで行える安全性が、TRPGにおいては、役割演技の前提に置かれることも重要です。
 「主体」「場」の完全ではない仮想性(現実性の部分)が、メッセージ性やテーマ性の応答の余地になると思います。その余地(西村清和先生が言うには遊隙)が、TRPGの特徴、重要な楽しみのエッセンスと言えると思います。
 また、逆にその余地があるために、イロニーという遊びへのボイコットが許され、試行が失敗する要素になっていると思います。

 現実的なメッセージ性やテーマ性を持ち出せるから、イロニーを許してしまうのです。
 これは、おそらく同じ遊隙で成立していますね。


 イロニーは、一種のサボタージュで、冷ややかであるにしろ、あたたかであるにしろ、喜びや幸福の場合があります。プレイヤー(アクター)ばかりではなく、設計者へのエゴイスティックな優越感を示すものでもあります。
 この現実性は、社会的だったり、ごく身近な対人的なものです。(オンラインのゲームのチーターないしフリーライダーがもっている意識は、このようなゲームのコミュニケーション性の遊隙への寄生だと思います。)

 根底は、メッセージ性やテーマ性を送り出す次元でつながっています。
 つまり、メッセージ性やテーマ性を拒否するためのイロニー以外のボイコットを認める仕組みが、TRPG(ないしゲーミング全体)には、必要かもしれません。たとえば、性能上限を無視して、無限にアイテムが使えるインフレステージを作るとか。


 JASAG Web site - ISAGA(日本シミュレーション&ゲーミング学会)

 が、どのようなことをテーマにしているのか、想像がつきました。

PS.
 それから、シングルフォーカスなワンパターンのTRPGや、ストーリを構造主義分解して再構築するとかいったもの、もちろん僕が製作中のものも含めて、それぞれのTRPGに道徳的に善悪があるわけではありません。

 (道徳的に問題になるのは、例えば、カードゲームでどれだけ彼氏彼女を作ったかを競い、赤ちゃんができると堕胎費用10万円が請求される、払えなければゲームオーバーといったもので、バブルの頃に実際社会問題になり、処分を受けたもののたぐいです。)

 何々だと、これを捨てることになるとか、そういう指摘です。ゲームのモデルをいろいろな形に取ることで、優劣は「楽しい」か、どうかが問題なだけです。

 僕は、遊んでもらえないゲームはたくさん捨ててきました。

 壮絶な継子いじめによる飢えをしのいで、妹を養うため、小学生から社会に出て、自分で働いて(違法)買ったPB100で、マイコンBASICマガジンに毎月のように投稿してきました。
 前述のとおり、TRPG、マルチプレイ、カードゲーム、(働いて買ったPB500や紙の)GB、パズル、ADVも捨ててきましたが、製作過程でいろいろな方とお会いする機会に恵まれました。

 念のため言及しておきます。



ゲーミングシミュレーション

新井潔 [ほか] 著

ゲーミングシミュレーションが研究・教育・意思決定のさまざまな領域においてどのような役割を果たしているか、設計から実施、またゲーミング実施後の検討まで具体例を交えて詳説。社会的問題解決のためのコミュニケーション技法。

「BOOKデータベース」より

[目次]

  • 第1章 ゲーミングシミュレーションとは何か
  • 第2章 社会的問題解決手法としてのゲーミング
  • 第3章 ゲーミングシミュレーションのデザイン
  • 第4章 メディアとしてのゲーミングシミュレーション
  • 第5章 ゲーミングシミュレーションにおけるファシリテーション

「BOOKデータベース」より


 

拍手[1回]


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

TRPG Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク

Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

つれづれ Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク

 

関係

 サンフランシスコから、オーストラリアの西部へ。蒸気機関のない帆船で美しい。海から始まる所が独特です。西オーストラリア、フリマントルの港から物語は始まる。異色西部劇。
 ボロを着て足枷をはめられた囚人と、赤い制服のイギリス兵が、対比されている。マシュー・クイグリーが主人公。スゴ腕ガンマンです。
 マシューは、射撃の腕を買われて、西部から、オーストラリアにやって来た。港で、よくわからない人違いから、コーラという女を助けた。「クレイジー」コーラは同行することになる。病んでいるメガネっ娘のヒロインにちょっと戸惑う。
 牛車で、内陸部へ移動。野営の時の潅木の生え方が太くて曲がっていてオーストラリアっぽい。星座が変わっている。カンガルーも、やはりでてくる。そして、片眼鏡のアシュリー・ピットの部隊に遭遇する。

 牧場主マーストンの牧場は広大。マシューは前金の金貨を受け取る。牧場主は800m先から広告を撃ちぬいた射撃の証明が気に入ったと話し、腕前を見たいといわれたマシューは、射撃を披露する。
 伝説のシャープ。45口径、7gの薬筒、35gの弾丸? (このあたりちょっと字幕と数値が一致していないのであやふやです)、ダブル・トリガー(トリガーが二つある)のレバーアクション・ブリーチローダー、バレルは10cm長い試作品。シャープス・ライフルを改造したようなモデル。
 土埃と風見鶏で風を読み、精密照準器(タンジェント・サイト)で、バケツを撃ちぬく。 

 

変化
 

 牧場主は両親をアボリジニに殺された。犬を殺すという仕事の内容は嘘で、アボリジニ殺しだった。マシューは、牧場主を窓ガラスアウトさせ、もういっぺんふっ飛ばして、仕事拒否。
 手下を使って取り押さえた牧場主は、マシューとコーラを野垂れ死にさせるため、「馬で2日の場所に置いて来い!」と、命令する。

 放置されているときに、ガンベルトをしているのと、放置する奴らが試作品の銃を持っている。ちょっと、頭が悪い。

 二人はアボリジニに助けられる。
 アボリジニは、馬どころか犬も目にしなかったのがインディアンと違います。虫をごちそうしてくるのも独特。槍投げ器を使った槍が主力武器。マシューは、カンガルーの皮で、ローピングを教える。実物の岩絵の前でロケをしているような雰囲気がいい。

 クレイジー・コーラは、コマンチ族の襲撃で、必死に子供を守ろうとして窒息死させたため、ショックを受けた。自分のためにわが子を殺すような女は、いらない、と、旦那のロイにオーストラリアに送られたと語る。

 アボリジニ狩りに遭遇する。マシューの銃の撃発の機構がちょっと不明。着弾してから発射音は後。1.2km先から、2、3秒差の発射音。人馬が同時に崖から落ちるのは迫力があっていい。

 重症を負って、殺してくれと頼むアボリジニ狩りの男に、町の場所と、牧場の場所を聞き出す。「残りは一発だ、有効に使え」と、拳銃を渡す。男はマシューには銃を撃てない。

 マシューはコーラを洞窟に残し、町へ。弾や服などの補充をするが、牧場主の手先に町が襲われる。窓を割って、建物インするのは珍しい。
 コーラは、アボリジニの子供を守って、ディンゴの恐怖と戦った。マシューと町に行き、やってきたアボリジニにコーラは赤ん坊を返す。

 マシューは、牧場主に戦いを挑む。発射音で、誰の銃で発射されたかを感づいて、わざわざ説明するというのは、定番のコンテキストです。色々な仕掛け罠で、手下をやっつけるが、結局、ロープで馬に引きずられて連れていかれ捕まる。
 調子づいた牧場主が、早撃ちの決闘を挑んでくる。が、マシューは早撃ちの名手でもあった。牧場主は、拳銃が苦手だと、勘違いしていた。
 好きじゃないとは言ったが、苦手だとは言ってないと、マシュー。
 憧れるのは勝手だが、ヒコックをナメるな、メじゃない、というリスペクトの感じがいいです。

 牧場主が倒れると、小間使いだった老アボリジニの男が服を脱いで、部族に帰っていく。
 アシュリー・ピットの部隊がくるが、もっと大人数のアボリジニたちが、包囲し、部隊は撤退する。数の暴力には、数の暴力か。

 マシューは、コーラの機転で、元夫のロイ・コップと名乗って、港の事務所をやり過ごす。どうやら、ココロが回復したコーラ。
 彼女とキスしてラスト。

 

解釈

 オープニングのガンベルトのカートリッジ・ループが特徴的で、印象に残る。薬莢が長いライフル弾で、口径は45口径ピストル弾という見ただけでおどろくカートリッジ。
 歩いていると、アリが入り込んできて噛まれるのはオーストラリアっぽい。

 当時の女性のビクトリア朝風ドレスは、一度転ぶと起き上がるのが非常に大変で、男が手を貸すのは定番のコンテキスト。

 ノミやシラミなんかを取る仕草もいい。
 南半球なので、星座がわからなくて、道に迷うというのは、良い。感心するアイデア。 人の迷いや、導きを失った感じの象徴かもしれない。

 コーラのココロの回復が、物語的に自然で納得できる。このテーマが、非常によく描かれていた。

 


拍手[2回]


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

WESTERN Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク

本文を読むにはこちらからパスワードを入力してください。

拍手[0回]


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

SYSTEM Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク

トゥームストーン

 「トゥームストーン」の一場面です。
 パッと見で、ポーカーではないので、なんのゲームをしているかわかりません。
 これは、ファロ(ファロウ、フェアロー、ファラオ)というゲームで、19世紀末に遊ばれたトランプゲームです。

 FLASHのゲームで無料で遊べる所があります。



 Wichita Faro -- Play faro card game online and journey to America's frontier past. Free Flash game, Sean Gleeson, designer, Oklahoma City, Oklahoma

 Android版無料(プレイ画面からちょっと雰囲気が違いますね)

 Arizona Faro



 アンティークのFARO用のゲームグッズ(casekeeper――カードの残り枚数を示すそろばん状のもの、layout――ゲームボード、dealing box――カードを一枚ずつ取り出すボックス)が高値で取引されていますが、もう、プレイされているゲームではないとされます。

 現在入手可能なのは、ちょっとないかもしれません。
 

 ルールは、勝つカードを当てるというもので、賭けたカードが負けカードのとき、チップがなくなります。勝負がない場合、負けカードに賭けていないときは、チップはなくならないというものです。

 プレイするとわかると思いますが、少額を小さく賭けていると、勝負が成立しないことが多いので、プレイしても、ヒマだったでしょう。
 そこで、サルーンでは、娼婦が声をかけやすいゲームだったと想像します。

 そういうサルーンの営業形態が今はもうないですから、プレイされなくなっていったのかなあ、と勝手に想像します。




 DVDの「トゥームストーン」は、2012年1月現在、再版されていなくてすごく高いです。VHSとDVDの切り替わり時期の発売だったため、レアです。日本語吹替も入っています。

 もし、買うなら、VHSの字幕版と吹替版でしょうか。


拍手[1回]


Beta555をフォローしましょうランキング応援よろしくお願いしますブログパーツ こちらも応援願います

WESTERN Trackback(0) COMMENT[0] このエントリーを含むはてなブックマーク
◎ カレンダー
12 2012/01 02
S M T W T F S
1 3 4 5 6
8 10 11 12 13 14
16 17 18 19
22 24 25 27
29 30 31



◎ フリーエリア

◎ フリーエリア


◎ 最新コメント
[08/31 Beta]
[08/31 氷川 霧霞]
[06/24 Beta(Wosam.T)]
[06/23 水無月]
[06/14 Beta「Wosam.T」]
[06/02 mcat]
[01/24 Beta「Wosam.T」]
[01/24 kamikaze]
[12/28 Beta「Wosam.T」]
[12/28 mcat]
[10/27 Beta「Wosam.T」]
[10/27 mcat]
[10/03 Beta「Wosam.T」] ]
[10/02 Natsuo]
[05/26 Beta「Wosam.T」]
[05/24 SIMON]
[05/22 SIMON]
[05/22 Beta「Wosam.T」]
[05/22 SIMON]
[05/22 SIMON]
[05/21 Beta「Wosam.T」]
[05/21 SIMON]
[05/21 SIMON]
[05/21 Beta「Wosam.T」]
[05/21 SIMON]
◎ 最新トラックバック
◎ プロフィール
HN:
べ~た
性別:
男性
◎ バーコード
◎ ブログ内検索
◎ ブログの評価 ブログレーダー
◎ フリーエリア

◎ フリーエリア
レンタルCGI