スマートフォン解析

プロモーション

カテゴリー

カレンダー

11 2018/12 01
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31




リンク

カウンタ

最新コメント

最新記事

最新トラックバック

プロフィール

HN:
BETA
HP:
性別:
男性

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

サイト




 


プロモーション

Amazon 西部劇

Amazon TRPG

Amazon モデルガン

プロモーション

新着記事

新着

あんてな


[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


  • 2018/12/12 06:32

[TRPG]論戦の前提。

TRPG

 論陣の前提として、きちんとした論議が行われるように、言葉の齟齬の発生や言葉遊びにならないため、一度、哲学畑から指摘します。

 人類文化学者として有名な、ジャレド・ダイヤモンド氏が、生物の観察に残していった鉛筆を、現地民は「イヤリング」の飾りにしたという記述があります。

 主観、客観で説明付ける二元的な分割は、意味を成さないのです。世の中が、いくら「イヤリング」と言い張っても、鉛筆は鉛筆という、存在論的には、どうあがいても道具的存在なのです。

 ちなみに、主観客観の概念は、「神の存在証明のために合理主義」が、設定したものです。そうハイデガーは指摘しています。

 存在論的に道具的存在が持っているものは、「指示」であって、環境世界にとけこみ整理された状況が必要になります。これは、適した状況下にあれば、「適所性」をもち、「有意義」になります。
 そうでなければ、「ぐちゃぐちゃ」の存在、「片付けられていない」「整理されていない」ものとなります。

 おそらく、ハイデガーは、人間存在論的な接近をしていったと思うのですが、言葉とか論戦についても同じことが言えます。
 鉛筆はイヤリングになるといって、論じても有意義ではない。鉛筆が紙などに字や絵を書く「指示」があるのであって、イヤリングとして用いられるのは、「有意義」ではない。

 つまり、「西部劇がファンタジーであるか」という答えは以上の根拠からです。


 

 

 

 

 

拍手[0回]

PR


  • 2008/08/20 18:33

コメント一覧

  • お名前
  • Email

  • コメント

  • Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
  • パスワード
[PR]