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ドナルド・C・ゴース, ジェラルド・M・ワインバーグ著 ; 木村泉訳
ジェリー・ワインバーグとその仲間たちの<計算機の人間学>の本。この本は問題発見についての本である。問題は解くより発見する方がずっとむずかしく、ずっと面白い。-実人生で本当にものをいうのはそこなのだ。
「BOOKデータベース」より
[目次]
「BOOKデータベース」より
もし、GMが問題解決の選択肢を示すのが、TRPGならば、PLは、優秀なベイズ理論数学者やゲーム理論学者に任せればよい。
計算速度が上がり、プログラミングを覚えた学生は、どんな問題でも解決できるという幻想を持つそうです。
そんな思い上がりの幻想の世界を肯定してあげるのはTRPGの役目ではありません。
TRPGは人間と人間が行うゲームです。コミュニケーションツールです。
何を問題として、何を解決とするか、そしてその適合が何の問題をはらむか、そのプロセスが肝心です。
学校の授業の問題のように、問題が降り掛かってくるのを、素早く正確に解くのは一種の快楽でしょうが、現実はこの本を読めば全く違うことがわかります。
しかし、何を問題定義(発見して問題の範囲を把握すること。本文中の用語です)とし、どのように問題解決(解決後の不適合をどこまでと範囲を決めるか)とするか。
それが、コミュニケーションの障がいの及ばない、スムーズな本来のTRPG像でしょう。
コミュニケーションの未発達さを使って、ハードルを下げて、失敗しにくいTRPGにしたいのならば、デザイナーがそのようにデザインするのではなく、GMがそのようにできるようにセッティングを示せばいいだけです。僕はそういうセッティングの単一固定したTRPGはすぐ飽きてしまいます。
新しい製品を買わせる仕掛けだとしても、三、四回で失望して、もう買わなくなる。
GMがそのセッティングを外してデザイナー以上の楽しくもない労力を注ぐ必要があるTRPGは、残念に思います。
目標を何々退治という、いわばシングルフォーカス、ルールの記述ばかりを追って無双をしようというシングルレイヤー、問題定義はGM任せで解決方法は選択肢や遊び方を明確にしないといけないというハイコントラスト。失敗しにくいTRPGは、単にそういうセッティングでいいでしょう。
コミュニケーションをしないで済むから時間もかからないし、ルールを読みこめば活躍できます。選択肢が明らかならばジレンマもほとんど問題にしなくていいのです。
もちろん、必要ではないとして描写もほとんどしなくていいし、必要ではないとして想像力を発揮する余地もなくなります。
自閉症スペクトラムを下げるように(どんな人もコミュニケーションの障害は見られる)あわせれば、コミュニケーションが楽です。話題が浅くて、はっきりしていて、狭ければ、いいだけです。悪いことではないですよ。そんなのは当たり前の原理でしょう。わかりやすさから言えば、さぞ、いいことでしょう。
それが毎度のように繰り返されると、楽しいとは僕にはどうも思えないのです。
「わかりやすい」というのは、既成の概念の枠内(閉域)に収まっている、ということだろう。しかし、そうした枠組みですべてが理解できるなどと考えてはなるまい。むしろ、そうした枠組みを開き、突破して「知」を希求するのが、まさに哲学者である。 |
個人的推測ですが、みんな、何を問題定義し、何を問題解決とするかを決められるようなTRPGがやりたいんじゃないかと思います。
僕が本当に楽しかったTRPGのプレイは、成功しにくいコミュニケーションの豊かなプレイでした。
人とする楽しい遊びは、そういうものだから当然だと思いますね。
接待で酒飲むより、美味しい料理を作って楽しい話題で盛り上がる酒盛りのほうが楽しいでしょう。
風俗のねーちゃんと時間制限付きで財布の心配をしながらエッチするより、恋愛関係を結んだ床上手のねーちゃんとしたほうが楽しいでしょう。
難しいコミュニケーションがうまく行けば、楽しい。当たり前でしょう。
コミュニケーションを豊かにするなら、コミュニケーションがうまくいかない状態を考えればいい。
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(↑例えが馬鹿ですみません)