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GameDesign 西部劇TRPG開発日誌

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ゲームのストーリー性

 ゲーム性が必要だとか、ストーリー性が必要だとか、議論しているあいだにTRPGを遊ぶ人が少なくなった。

 亡くなった友人の教えてくれた、馬場秀和さんの論文は、ゲーム性を、ゲームの理論で説明ができるようになっていること、ストーリー性は問題解決以外いらないという切り口だった。

 展開がストーリー性だと言うのは、僕の主張。


 わざわざ、トレーディングカードゲームに「なんたらかんたらドラゴン」などと書いてあって、これが止めを刺した、とか。ゲーム性だけを追及するなら、データを書いたカードでおしまいで済む。立派なチェス盤も将棋盤も要らず、駒にどう動けるのか書いた紙で充分。これを単に演出と言うなら、その演出と言う用語は、ゲーム性よりもストーリー性にこそふさわしい言葉ではないか。


 話を戻す。展開がストーリー性だと言う、僕の主張を友人に話したところ、鉄釘が水溜りで腐っていくだけで展開にはなるが、ストーリーではないだろう?と言われた。

 それだけでも僕はストーリーを見出すと。フロギストン説が支持されていた時代を考えれば、またはなぜ鉄と酸素が化合しやすいのか周期表を調べていけば、充分にストーリー性を見出せる。

 展開がストーリー性をもたらさないなら、なぜ人は歌のないメロディーだけの曲でもカタルシスを得られるのか。


 「大人はストーリーが無ければゲームを楽しめない。ゲーム性だけではゲームがいかに優れていても見向きもしない」

 最近のパチンコ台でさえ、ストーリー性を求めているんだよ。



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